『いい?ブラジルのおじさんの家に着いたらちゃんとご挨拶するのよ。わかった?』 『うん、わかってるよ。そんなに心配しないでよ、お母さん』 それは幼い子供にとっては大冒険を兼ねた楽しい旅になるはずであった。しかし多くの人々の夢を乗せ て大地を蹴ったはずの飛行機は、目的地を目の前にしてジャングルの奥深くに墜落、助かったのは皮肉に も最年少の男の子ただ1人であった。後にブランカと呼ばれたこの獣王の苦難に満ちた人生は、この瞬間 にその幕を切って落としたのである。 大自然の中には未だ科学の力では解決できない謎が多数存在する。広い意味で捉えればこの時、10に 満たない年の子供が、1人で厳しい自然環境の中で生き抜いてこられたことも、これに含まれていい謎の 1つに数えられるだろう。危険に満ちているこの世界では、普段何気なく取っている行動さえも1つの過 ちから、自らの死を招いてしまうということも決して珍しいことではないのだ。 もちろんブランカのジャングルでの生活も、最初から順調だったわけではない。むしろ大人と比べると、 その苦しさは何倍にもなったに違いない。だが、ブランカの哀れさが天の奇跡を呼び込んだのか、それと も本能のなせる業なのかは不明だが、彼は己の肉体を獣に近い状態まで変化させることによって、野垂れ 死にするより早く大自然に適応できるようになったのだ。まず、今日を生き抜く糧を得るための2本の腕 は丸太より太くなり、手の先についた爪は大地を切り裂けるほどの武器になった。胴は虎の牙をも欠けさ せるくらいに硬質化し、足はその体型からは想像もつかないようなスピードを生み出した。そしてその野 生に帰った肉体はとどまることを知らずなおも特異な方向へと進化していったのであった。中でも筆頭に 挙げられるのは、やはり彼の放電体質だろう。これは彼がジャングルにいた時に、最後まで死の恐怖を味 わわされた電気ウナギから授けられた体質である。基本的に彼は一度でも屈辱を受けた相手には、必ず全 力で報復することにしている。たとえそれが、道端で蹴つまずかされた石ころであってもである。当然の ことながらこの電気ウナギも視界に入れば飛んでいって闘いを挑んだ。最初は手こずったこの相手も次第 に彼の敵でなくなっていった。そして楽に勝てるようになったころには、いつの間にか彼も自由自在に放 電できる身になり、同時にジャングルから彼の敵はいなくなってしまったのであった。 敵のいない日常…それはジャングルに独り投げ出された幼い日から、寝る前にはいつも心の中で思い描 いていた夢であった。それが十数年を経た今、ついに現実のものとなったのだ。しかしブランカは何か素 直には喜べないものを感じていた。毎日が文字通り死闘であった彼にとって、平和な生活はすでに受け入 れることができない退屈なものになっていたのである。 数日間、彼は考えた結果、もっと『強いもの』を探しに旅に出ることにした。ジャングルは広い。そし てこの広大なジャングルの『終わり』には、きっと自分が考えもしなかった強敵がいるに違いない。決心 したブランカは両手に持てるだけの食べ物をぶら下げると、空港に向かって歩き出したのだった。 ますは、幼いころ自分を地面にたたきつけた飛行機に報復するために…。