バカの本どーだった?
「全部読んで無いんですけど、いやぁバカですねぇ。もうイヤですぅってぐらいに私と同じ事言って…私と同じ論法で」
 キミとほっとんど同じでしょぉ、考え方とか言ってる事とか。思考パターンが同じなのかな?
「これを鏡として反省なんかしません。確かにこーいう本で自分自身の「写し」を見るとイヤになってきます。他人の目から見ると何て「イヤなヤツ」で何て「バカなヤツ」なんだろう。と…でも、わかってた事ですし」
 冷静だね。さっそくネタにするかと思ってたんだけど。
「します!とーぜんネタにします。これは楽しげ。ただ、私は暇ですけど、この本の内容にいちいちツッコミを入れている暇など持ち合わせてないんです」
 ツッコミ入れるんだ。それって自爆っていうか自虐っていうか…。
「たとえ同じ事を言っていようと、この本を書いたのは私じゃあないです。そしてこれはバカな本だなぁと思った以上は」
 この人って何かよっぽどイヤな人生でも送ってきのかな?
「逆じゃないでしょうか?幸せな人生送ってきてるんで、ちょっとした他人の行動がいちいち目障りに思える、自分にとって少しでも害があれば「バカ」だと切り捨てる。今まで、イヤな人生送ってきてるなら今更言う事でもないでしょう」
 むぅぅ。キミもそーなのか。幸せだったのか。
「ほんの一時期を除けばおおむね、幸せだったのではないでしょうか。特に苦労した覚えも無いですし。ちなみにほんの一時期っていうのは、ぶち壊れて「何もかもくだらない、生きてて何が楽しい?」だとか言っていたあの頃」
 そっかぁ、ボクも幸せな人生送ってる気がするけど…。
「幸せな人が皆、他人をバカにしてたらそれは実にイヤな世界です」
 なるほど。
「思い出すと、嫌な事いっぱいありますけどぉ。小学1年生にまで溯って…だとしても、それを不幸と言うかどうかは微妙。中学生時代にしても「1人にしといてくれ、誰も近寄るな!」な暗黒オーラ発していたとして、本人はその時点でそれを不幸だとは思ってないわけなんで問題無し」
 思い出すと、ボクは何かかなり不幸だった気もする。
「しかし、第4章…優香だの琴乃だの、名前までバカにされては…たまらないですね。御自身の感覚が古いとか思わずに「こんな名前つける親はバカだ」と論じるのはちとついていけません」
 ボクはそれ以前についていけませんでした。だから、第4章なんて…とてもじゃないけど到達出来ませんでした。
「では、少しだけこの本を読者さんに…本編というかツッコミ入れまくり!!は時間ある時にやるとして」
 タイトルは「まれに見るバカ」。今年の1月に出たばっかりの本らしい。
「この著者がこの本でどうしても言いたかったのは「私はバカじゃない」という事らしくて、何回もそれに近い事を言っていてそれが「うんざり」してくるんですが、そーいうのをとりあえず無視して…どーいう本かと言うと。世の中はバカばっかりだと、「何がバカ」なのかを次から次へとあげていく本です」
 何書く?
「第1章の部分を軽く」

第1章第2節:バカは女に宿る
 やはり女にバカが多い、というのはもう、まごうかたなき事実ではあるまいか。わたしのなかでは、半分、信念になりかかっているゾ。

 って、いきなしこれでもう読む気失せたんだけど…。勝手に信念にしてればって感じで。
「しかし、女性の方はご安心を…もう少し読み進めると」

第1章第3節:バカは男に宿る
 男のバカはもう歴史的に証明された伝統あるバカである。女のバカとは年季がちがう。(中略)もう「男」であるということ自体が「バカ」であるといってもいい。

「この時点で「この著者もしかしてバカなんじゃないのか?」と思う方もいるかもしれませんが…」
 いないと思う。
「そーかな?いや、そーかも」
 普通の人なら「まえがき」読んだ時点で、「この人、正真正銘100%純粋バカだ」って気付くから。
「悠さんがそこまで言うとは珍しい」
 悪口じゃないから、別に。
「男は100%バカだと公言したわけですが、だとするとその前節での女にバカが多いというのは何なのか?「多い」という日本語が理解出来ない程のおバカさんなのか?」
 無知っていう意味でのバカじゃないから、それは無いよね。これって第2節が本音で…
「この本読む限りでは、この著者は「てめーは何様だ」とかしょっちゅう言われてるようで、批判受けまくりっぽいです。それがかなり気に入らなくてこの本を書いたようなので…「バカは黙ってろ」と。第2節のあの内容では批判殺到。それはイヤなので「バカでない私としては防護策として男は更にバカが多いと書いておこう」とこうなったのではないかと思われます」
 バカが多い女よりも男の方がバカが多いっていうなら…何と対比して「多い」んだろ?
「男が100%バカだと言うのに、私はバカじゃないと本気で言ってるのはどーなんでしょーか?…つまり、そーいう本です。ツッコミ入れたい放題です、楽しいです、この本」
 まえがきで「私はバカじゃない」っていうのは冗談かと思ってたのに。
「明らかに本気ですもんね。バカは怖いや。この著者が自分で言ってる通り「バカは自分でバカだという事に気付かず自分の正しさを微塵も疑わない」ですから。この著者も自分がバカだとは気付く事は無いでしょうね」
 まぁ、自分でそう言うならそれは間違ってないけどね。
「バカかどうか、それは自分の評価と他人の評価。自分でバカだと言うならその人は「自分の目で見た自分自身はバカ」だという事。でも他人から見てどーかはわからない。一般的には「バカ」という称号は他人から与えられるものなので「私はバカでない」というのも真実ですが、他人に「あんたはバカだ」と言われたら、やっぱりそれも真実。自分が他人の目からどー見えるかなんてわからないですし…バカだと思われた事を否定したってしょーがないじゃないですよねぇ。ま、私の目から見ればこの著者は類い希に見る貴重なまでのおバカさんです。憎むべきバカと言い換えてもいいです」
 愛すべきバカじゃないんだ。
「愛と憎しみは表裏一体なのです。私、この著者…割と好きです」
 言ってる事同じだしねぇ。
「他人をバカだと言う奴がバカなんだ、みたいな言葉はある種、真実って気がしません?私は自分で自分を本気で「私はバカだ」とは言いませんけど、他人には愛すべきという意味でなく「何だ、このバカは、一体?」みたいな不快を伴うバカ…そう感じてる人がいると思うんです、この雑記の内容では。でもだからといってどう修正したって結果は一緒ですし」
 うなぁあぁ、他人をバカだって言う事、それがバカだっていうのはあるね、うん。
「でも、だからって「こいつバカじゃないか?」とか思って、それが高い金出した本だったりしたら私はやっぱり書きますけど。あと、Sの遺伝子に対しても」
 同じバカなら踊らないと損だって言うし。
「踊らされてる」
(2002年 8月23日謎雑記より一部抜粋)

「まず、まえがきから」

 わたしはバカがきらいである。
 なぜなら、バカはバカだからである。


「私もバカが嫌いです。他にこの方は「俺は頭が悪いから」と言う方も嫌いだと言ってます。私も同じです、これを「逃げ口上」にするので。なら、最初から口にしないで欲しいというような。口喧嘩に負けそうになるとこれを持ち出す卑怯モノが多いからイヤです。その言葉を持ち出した時点で「敗北」だという事にも気付かないからバカはイヤです」
 …えと、この本をバカにするんじゃなくて、一緒になって「バカな事を言う」ですか?
「…やめますか?そーですね、この本を笑いの対象に……無理です」
 無理なの?
「私には無理です。バカ×バカ=手のつけられないバカ。「自分だけは違う」と思い込んでるバカが書いた本を同じく「自分だけは違う」と思い込んでるバカが「この本狂ってる」とか言っても「相乗効果」で「読者」さんはますます不快な事に」
 …最悪だ。
「でもやります」

 と、厚顔にも公言するくらいだから、当然わたしはバカではない。
 自分で否定するヤツにかぎってバカだという説もあるが、それでもバカではないと主張する。二回否定するヤツもまたバカだという説は聞いたことがないから、一応これでわたしの非バカは証明された


「こんな書き方だったので、ふざけてるのかと思ったのですが、本気でした。この著者はこれを本気で言ってました。というよりはこれがこの本での最大の主張でありテーマです。「私はバカではないんだ、バカどもにバカなんて言われる事は納得出来ない!」という」
 二回否定する人はバカじゃない、大バカだっていうのは小学生並ですか?
「えぇ、そんな事を言ったら、この著者に人格全てを否定されます。私も多分同じ事しますけど」
 あうぅ。
「ちなみに一般的には「無知」と「バカ」は混同されてますが、この方は違っていて「無知」はモノを知らないだけなので罪は浅いと」
 キミが言ってる事と全く同じだよね。
「無知なる罪というのは存在しますが、それは覚えればそれで終わる事。問題は私が小学生並だとか評してる連中です」

 本心から言うが、わたしはまったく「何様」でもない。偉くも立派でもないふつうの男である(という書き方がもう、「何様」ぶってるといわれるだろうが)。そういうふうに反撃してくる「お前こそ何様だ」といい返したいところだが、そうはいわない。「そういうお前は、何様という言葉を覚えているだけの、ただのバカか」といい返したいだけである。
 わたしは上から見下して「バカ」といっているのではない。下からでも、横からでも、うしろからでもない、正面のおなじ高さからいうのである。


「まだ、まえがきです、これで。ここまで読んで「反感」無いとしたら大したものだと思いますね。ちなみに私は「見下し」てます。他人をバカ呼ばわりしておいて、自分が相手と同じ位置ですって事は無いです、相手は自分以下だと思う…というより、他人をバカだと言うその時点で見下してるような…」
 そもそもの問題としてね、「お前は何様だ」と言われた事に対して「同レベル」の反撃してどーするのかな?
「言葉を変えればいいってもんじゃないですね。あんたは「バカって言葉しか知らない猿か?それとも馬か?」と言い返されたらどーするんでしょうか?ちなみに私の文章にしてもそうなんですが…同じタイプだからなんでしょうかねぇ…文章がくどいですよねぇ」
 カッコ書きにして読みやすくしてる分、キミよりちょっとだけマシって気もするけど。
「カッコ書きが多いんですよ、これがまた。言い訳っていうか。他人をバカにしおいて、自分は相手と同じ立場ですよぉ何て言い訳通じるわけがない。相手を見下す何様の立場でないと他人を罵倒出来ないです」
 よーっぽど、同じ事繰り返してるんだろね。誰かをバカにする文章書いては「てめぇは何様だ」って言われ続けて…それで覚えた事が「私は何様じゃない!」ってあらかじめ書いておく事。
「考える事を知らないバカでも無知なバカでもないので、学習能力はありますよ、当然。でも、この対処が効果あるかどーかっていうのは別問題ですが」
 効果無いと思うです。

 本書を通読されたあと、もしかしたらあなたに、なぜかはわからないが、生きる勇気みたいなものが沸いてくるかもしれない。心もポカポカしたりして。

「通読はしてませんが、熱くはなりました、理由もわかります。やたらと長いまえがきの部分はここで終了して、特定の個人を攻撃していない上に紹介もしやすい第5章を先にやっちゃいますね」
 わたしの嫌いな10のバカ言葉だそーだ。

1.何様だと思ってるんだ
2.バカばっかしやってますよ
3.まじめなんだなぁ
4.人生楽しまなきゃ損だ
5.わたしまちがったこといってますか
6.いいんじゃないですか
7.自分を生かせる仕事がしたい
8.そんなことできるわけないよ
9.おれだってやるときゃやるんだ
10.関係ねぇだろ


「以上10の言葉を何が嫌いなのか解説してます…が著者が嫌いなだけであってどこが「バカ」な言葉なのかの解説が無いにも等しい」
 自分の嫌いなもの=バカなんだと思う。
「1番は…その尊大な態度をやめれば、そんな事言われなくなると思いますけどね」
 っていうか、実際に言われる、こんな言葉?小説とかアニメでは聞くけど。
「口論になった時につい言っちゃうって事はあるようですが、普通に言う事は無い…と思います。喧嘩になるし」
 そりゃそーだ。
「では、1番から」

 まず「なにさま」という語感がイヤである。麻雀の「ポン」とか「チー」(というのか)も同様の理由によって嫌いである。だから麻雀は一度もしたことがない。それから、この言葉を使うとき、いってる本人にごく微少の「どうだ!」という意識が混じっているように感じられる。

「コメントする事すら難しい「理由」です」
 語感って言われても…んにゃぁ。鳥に「チーちゃん」とか名前付けると…バカ呼ばわりされるのかな?
「まず間違いなく。…私はこの性格とモノ言いですから友人いませんけど、この方の友人って…相当に器量ありますよ。いるのかどーか知りませんけど。私ならこんな人とは付き合いたくない。ネットで日記公開してるなら面白いので読みますけど」
 今日はどんなバカな事書いてるかなぁって。
「…憂鬱だ」
 だから自虐にしかならないって昨日言ったのに。

 この種の言葉を使える自分に、ごく微量の意識なのだが、自分じしんが酔っている感じがあるのだ。下品な言葉、がさつな言葉、過激な言葉を使える自分に、オレはただの品行方正な甘チャンじゃぁねえぜ、という自己陶酔があるのではないか。

「この種の事を数度言ってます。「何様」が下品だという意識を持ってる方がどれだけいるかは知りませんが。でも、この著者はこの本の中で「取るに足らないバカ」だと判断した相手にはかなり汚い言葉で罵ってます。名前をあげて「こいつはバカだ」としている「第3章」はあまりにもあまりな内容なので紹介しませんが…つまり、この著者にとって「罵倒する時の言葉は下品な言葉な方が効果がある」という思い込みがあるのか、自然とそうなるのか。どっちにしろ自分自身でそれを「バカ」だと言っておいて、それをする。この方の文章自体がかなり下品なんですけどね、口語で書いてるんで…本人は親しみやすい文章だと思っているんでしょうけど」
 憂鬱だ。
「私は既に慣れました。では一部抜粋します」

 って、バカじゃねぇの。

「ある方を散々罵倒して、これです。でも「バカじゃねぇの」という言葉の汚さの問題の他に「バカ」だと罵るだけなら誰でも出来る事で「バカじゃねぇの」で文章終わらせたら、意味無いのではないでしょうか?各所に…本人が気付いてるのかどーか小汚い表現があります。所詮、俗物。顔がフケてる…ゴルフのフォームがヘン…それをバカだと言う人間は「バカ」だとかどーとか言う以前に精神病院にでも言った方が。「私、何もかもバカに見えるんです」と」
 何か、悪口三昧になってきた…。
「いや、でもこの世の人間…どころか非生物を含めてあらゆるモノが「バカ」になりますよ、この方の言い様は。ギアッチョが「根掘り葉掘りの根掘りはわかるけど葉掘りって何だよ、イラつく」とか言ってましたけど、アレを素面で本気で言うような方ですから。「考えてみれば、葉掘りなんて有り得るわけないですよね。バカじゃねぇの!」とこんな感じ?」
 まあ、そーなんだけど。
「「このハゲチャビンが!」だとか「ハゲ」を罵倒に使う辺りが小学生レベルですし。良識ある大人なら差別用語になりかねないって事で罵倒には使いませんよ?ハゲだという事で罵倒すると、それは「禿頭」の方全てをまとめて罵倒する事になるんですから。そんな事にも気付かないのでしょうか?」
 ふざけて言う事はあるけどね。
「えぇ、愛すべきアリアス=モマに対してとか。本題に戻しますかね。あまりにも何様呼ばわりされるのでそれを認めた上で」

 だが、わたしは、それよりもより多く謙虚ではあるまいか。

「何様と謙虚の因果関係はわかりませんが、謙虚じゃあないです。「私はバカではない」と言い張る時点で」
 でも、言うのは自由で「真実」でもあるんだよね、自分にとって。
「えぇ、でも謙虚じゃあないです。「1」の締めの言葉…って、これって著作権違反とか何とか…抜粋多すぎて、引用にならない?」
 さあ?
「まあ、ここに書いた事でこの本の内容が全てわかるわけでも無し。言われたら消せばいいだけか」

 こいつは「何様」の権化みたいな男だったのである。なんだ、友人でもなんでもないじゃないか、といわれるか。そのとおりで、ヤツとはいつの間にか音信不通となった。

「他人を「何様」呼ばわりするのはこの方的には「OK」のようで…その友人は多分、この傲慢不遜、鏡を見るという事を知らないこの著者がイヤになったんだと思いますが。普通の人はついていけません」
 じゃ、「2」ね。「2」はまともかな?
「他人から言われる事でなくて、言ってる人がいるというレベルだからでしょうね。自分への攻撃に対しては最大限にその能力を発揮する。人間としての当然の防衛本能です。ちなみに他人をバカにする事ってのは実に簡単ですし、間違いを指摘するのも簡単なんです。言葉というのは二面性あって「真実」でもあり「ウソ」でもあるという場合が多いので、その「真実」の部分を切り捨ててしまえば「一方的に罵倒」出来るんです。口喧嘩や、討論における必須の能力ですね」
 「2」なんだってば。
「元々、私の紹介なんて気紛れですから、読みやすさ期待しちゃダメです。ちょっとずれて「二面性」の事でも。この著者は気付いてるのか気付いてないのか知り得ませんけどね、二面性に。気付いてないっぽいですが…新聞に投稿された「若者と一括りにするな、人はみんな違うんだ、それを忘れちゃ人間を語れるわけがない」という文章に対しての著者の言葉」

 これは正論である。だが、ほんとうは逆で、その「違い」を「忘れ」なくては「人間を語れない」のだ。でなければ、君のいうように「人間はみんな違う」で、一巻の終わりである。語ることは強引であるしかない。

「この反論も決して間違ってはいません。でも、正しいかどうか。「正論」なのに「逆」だという。逆だというならそれは正論ではないという事ではないのか?」
 ふにゃにゃにゃにゃ?
「つまり、数学でないのだから「真実はいつも1つ」ではないという事。その場その場で考え方を変えていく必要があるんです。集団として括る必要がある時と、個人として見る必要がある時。この投稿文には間違いは含まれてはいないんです、でもツッコミを入れようと思えばツッコミを入れる事は可能…そーいう事なんです。だから「批判」は簡単なんです。相手を認める時は「これは正しい」とこれでOK、間違いを指摘する時は相手の言葉を洗って、「これはこう考える事も出来る」という面から論理を展開していく。つまりは「屁理屈」です。これを意図的にやる人と、意識せずに「こいつは間違った事ばかり言う。それに気付き指摘出来る自分は頭がいい」と思う人と…意図的にやるのだから前者の方がタチが悪いのかって言えば、意識してない後者の方が遙かにタチが悪いです。実際、この著者は別の章…まあ5章なんですけど」

 「みんなが厭な気分になるじゃないか」がまぎれもないクソ言葉であることに異論はない。「みんな」という人格など存在しないからである。存在するのはつねに「ひとり」である。

「と、こうなる。矛盾してる事を言ってるわけですが「他人の言った言葉を否定しまくる」みたいな事をしてるとそれに気付くわけもない。この「みんな」という人格どうこうっていう言葉もまた間違いではないですから…こんな事を繰り返してるから、一通り読んだ後にこの本の主張は何だったかって考えた場合「万物はバカである…が、私のみ例外である」みたいになっちゃうんです」
 でも、集団に人格ってあると思うけど?間違ってたりしない、これ?
「「思う」ではなく「ある」と断定出来るなら間違いではないですね」
 むぅぅ。
「今、あなたに反論した私の物言い。これが「ありとあらゆるモノを否定する」手法です。批判、否定って簡単だってわかりますよね、これで?」
 ようは言い返せるかどーか、か。
「そーです。この著者は思い込みも激しくて「まじめ」な人間は小者である、「まじめ」と言われて喜ぶ人間はいないと断定してますから、自分の事をバカだって言う人は「自分が大物だ」って主張してるように聞こえる。これで2番と3番のコメント終わり」
 あう。
「ま、一応」

 ようするに自分はけちくさい「まじめ」なんかじゃないと、周囲から認めてもらいたいらしいのだ。どうでもいいじゃないか、そんなこと。その根性がもうケチくさくて、小物根性である。

「バカと小物は違うと思いますが、「私はバカじゃない」と主張するのも、多くの方にとって、というか主張する「本人」以外にとって、どうだっていい事だと思うんですね、私は」
 ボクは真面目って言われたら…嬉しいかも。
「しかし残念ながらどう見ても真面目じゃあない」
 うにゅ、次!「4」
「ちなみにこの方の10の嫌いな言葉、全てに「反論」展開しようと思えば出来ます…ほとんど誰にでも。でも、これも結局は「言いがかり」とか「屁理屈」とか、そーいう…批判は簡単ですね、っていうものですから意味は無いですね」
 じゃあ、今やってるのは何なんだろう?
「悪口言いたい放題です」
 反論じゃあないんだ…。
「4は…まともなので省きますかね?」
 主張は確かにまともだね。何がバカ言葉なのかはやっぱりわかんないけど。
「まあ、根掘り葉掘り系なんですけどね、所詮。しかも言葉を一面からしか見てない」
 結局、省いてないし。
「つまり批判展開中の「同意」「肯定」が読者にどーいう印象を与えるかを実証したんです、今。そのまま流してしまうと、その著者が正しい事を言っていても「批判時」よりも遙かに文章が短くなってしまって、その「原文」「原書」を読んでない方には「間違った面」「ヘンな事を言ってる面」ばかりが知られてしまう。同意する事で「この著者も間違った事ばかり言ってるわけではないよ」と示したところで10ページにも渡って論理展開して批判するのと「これには同意」「これは正論」とほんの数文字で終わらせるのとでは読者の印象はまるで違います。私が散々バカにした「こんなにヘンだぞ、「空想科学読本」」は何が批判の対象かっていうと、科学知識が間違ってるというならそれを指摘すればいい。でも、言葉の二面性を理解した上で、反論する事も出来るけど、間違ってもいない「思想」の分野…科学とは無関係のとこにまでケチをつけてるからです」
 やっぱり「前者」の方がタチ悪いんじゃないか。
「いや、使い方なんですってば。で、この「同意」「肯定」についても当然、理解してますね…理解した上で「攻撃」用にそれを利用して必要以上に「悪い印象」を与えようとする。それは山本氏が柳田氏は「読者の笑いをとるために」、敢えてヘンな計算の仕方をすると言っているのと同じです。同意しておいて、その直後に否定する…すると読者の印象がどうなるか?…非常に薄汚い手法ですね。疲れた…続きは明日にしますか、今日続き書くと不快なものになる」
 「バカな本もあったもんだなぁ」って感じで紹介出来た方がいいもんね。
「あ、一応4ですけど。「楽しいのは楽しいのであって、得をする為に楽しいわけではない」という主張です。確かに間違ってはいないのですが、これも見方を変えれば「遊園地に行って遊ばない」これは「損」です、明らかに「楽しまないと損」という言葉自体「有り得る」んです。否定してますけど、著者は」
 問題は「生きる」事に当てはめる事がどーなのかって事なんだけどね。
「哲学ですねぇ。生きるとは何か。それが楽しむ事だと思うなら、それは個人の思想。この言葉が嫌いだっていうのは理解も出来ますが、バカ言葉かって言われると違うだろってとこですね」
(2002年 8月24日謎雑記より一部抜粋)

「では、バカの本の続き。あまりにもネタに出来る部分が多すぎてお買い得」
 そーかなー?
「5番の「わたしまちがったこといってますか」ですね」

 いうまでもないが、これはもうバカ女特有のセリフである。

「言ってくれないと、わかりません。「わたし」の部分を置き換えれば…男でも言ってますし、「バカ」じゃない人も言います」
 言った時点で「バカ」だって言いたいんだと思うんだけど、この人的には。
「この後、女性は間違った事をする、言う事を極端に嫌うだとか、「それの何が悪いんだ?」と思ってしまう主張が続きます。

 人にたいしてはすぐ「絶対だよ」と念をおして言質をとりつけたがる。自分に一切の責任がないようにしたいのだ

「これも社会的常識というか、責任の所在を明かにしておいて、自分に責任が無い事をはっきりさせておく事がトラブル回避において重要な事で…会社経営とかする人間にとっては重要な事ですね。これをバカと言いのけるのも結構凄い」
 昨日と違って同意も何も無しで徹底的に「否定」するんだ?
「全部読んだんです。あまりのバカさ加減にちと腹がたちました。この本自体、よくある「バカ本」…「バカを主題にした本」という意味でなくて「バカが書いたバカな内容な本」で、この著者もありふれたおバカさん。でも、自分はバカじゃないと言い張るので、この著者がどれ程に世間知らずなのかを。私がバカなのかどーかは知りませんけど、まあ一般人でしょう…そんな人間にでも徹底的にほぼ全ページ否定出来るような内容なこんな本を書いて「バカじゃない」と言い張る図々しさ。私の雑記に腹が立つ人もいるでしょう…人それぞれ気に入らない人間、気に入らない主張あります。万人に受け入れられるなんてまず無理、ところが自分だけはその例外だと思える、その「バカ」さがムカつきました。私はバカは嫌いです」

 いまどき「理論武装」とか「論破」などという七〇年代にとっくに死語になった言葉を得々として口にする女がいたら要注意である。

「わけのわからない論理を展開してる間が何をわめいているのか?そしていつ死語になったのか?死語を平気で使ってる自分を省みようとは思わないのか?つまり…自分自身が言われてるんでしょうね、これは。「あんたの言ってる事なんか簡単に切り崩せる、論破可能」系の事を。もしくは実際に反論されて「私の言ってる事は間違ってますか?間違ってると思うなら論破して見て下さい」と、それで言い返せなかったんじゃないですかね?バカだから」
 …やめよう!
「むぅ、キツい言葉しか出てこない。本人が実際にバカだったとして、バカでないと言い張っていてもここまではムカつかないんです。自分を見てるみたいでムカついてくるんです」
 自分の事は好きだけど嫌い。そんな人ばっかしだかjら。
(2002年 8月25日謎雑記より一部抜粋)

「まれに見るおバカさんの事です。何度か読むとバカすぎて、怒りでなくて笑いが出てきました」
 ならもう安心だね。
「えぇ。あっちこっちに紹介したい記述あって、順番変えたいとこです。…変えちゃいます」
 変えるなぁぁぁぁ。
「今日は番外編として、このバカな本ではなく…。第2章のバカ本を読むで「やっぱりお前はバカじゃない」に感動したと…この著者がいかに素晴らしいかを語ってるんですが…」
 やっぱりお前はバカじゃない?…最後に疑問符がついちゃうみたいな?
「というか、このタイトルだと、そっちの意味にとりかねないですね。ま、そんなのどーでもいーんですけどね」

 著者は中学・高校時代を徹底的に不良で通し、大学受験四ヶ月前の偏差値は英語、国語、社会、三教科をあわせて80にも満たなかったという極めつけの劣等生である。

「こんなのはイヌ、サル並だ!と言ってます」
 無知はバカと違う。私は許すってのがこの著者の論だけど、無知とかいうレベル超えてないかな?
「偏差値の下限は25です。どーしよーーーもなく成績悪いと、25を下回る事もあるんですけど。25が下限なので、80以下という事は…まぁ、3教科全て25だったと思っていいでしょう。この文章にはツッコミいれようがありませんし。入れる人いたら、その人は頭がどーかしてます」
 でも、イヌ、サル並ってのは違うね。イヌとかサルに偏差値無いから。
「で、この本はそのどーしよーもない劣等生が努力して大学合格しましたっていう内容らしいんですね。…非常に下らないと思うんですが、それは人それぞれ」
 何か電波雷波とかでやりかねないネタだし、下らないっていえば下らないけど、人間の努力の素晴らしさをね、うん、うん。
「著者という言葉がわかりにくいので、これから「まれに見るバカ」の著者は勢古氏とします。で、勢古氏からすれば、この本の著者はバカじゃない。まあ、この主張自体は他の主張と矛盾してません。他人の批判をする時は矛盾しまくりですが」
 努力する人は認める。それはいい事だと思うな。その努力に結果もちゃんとついてきてるわけだし。
「まあ、言いたい事はかなりあるんですが、とりあえず…二重転載、引用になるんですが、まれに見るバカに引用されている、やっぱりおまえはバカじゃないの文章を」

 一生懸命やらないで大学にはいったことを自慢するヤツはバカだ。

「この一言で私はこの著者はただの「ひがみ野郎」と決定しました」
 日本語的にどーとっていいのかむずかしいね、これ。一生懸命やってないのに大学には入学出来ちゃった。でも入学出来た事は自慢しちゃう人なのか、それとも「こんな大学、猛勉強して入学するヤツの気がしれない」みたいに自分は全然勉強しなくても入学出来たって自慢してる人の事なのか?
「どっちでもいーです。一生懸命やろうが、適当やってよーが、同じ大学に入学したなら他人から見れば同じ。はっきり言えば、バカが努力して3ヶ月で偏差値30アップとか「バカらしい」の一言です」

「つまり「勉強がわからない」のではなく「わかろうとしない」。「ついていけない」のではなく「ついていくきがない」…日本の学校なんて無茶苦茶レベル低いですから、授業を真面目に…いや真面目に聞いてなくても「ついていこう」という気さえあれば偏差値なんて65はいきます。平均が50でありながら何故そーなるのか?「ついていく気」が無い人間ばかりだからですね。「適当にやってるクセに成績はいい」それをひがむ前に、何で「適当にやってるのに成績がいい」のかを考えるべきです。つまりは「意志」の差。この著者自ら「やればできる」事を証明していながら、何でそれがわからないのかが。この著者が「一生懸命やってない」と評した人達は「普段から「やってる」」だけです。…私がカブキ団十郎を嫌って

「決める時は決める」で人気を得ていたが、「決める時」はではなく、いつでも決めているるのが本当に格好いい男である

 と言うのはそういう事。人間の感情というのは厄介なもので「普段、いい加減な人間」がいきなり「何かまともな事」をすると「それが人として当たり前」の事であっても極端に賛美する。それを普通に続けてきた人は決して評価されません。…私の今回の雑記のように「その方が本当は素晴らしい」と時々書かれるだけで、そんなのを読んだって何も嬉しくはないでしょう。バカが今になって努力して、その結果、大学に合格したからといって、今まで普通にやってきた人にやっと追いついただけ。そんなのは評価に値しません。他の方々をバカにしてる分、マイナス評価です…つまり、バカは勉強したってバカ…ただ単に知恵をつけただけのサルって事ですね。まあ、大学なんていうただの通過点で「自慢」する人は確かにバカですが、それは一生懸命やったかどうかでなく「大学合格を自慢する」事がバカらしいという事です。っていうかいるのか?」
 …いるから書いたんじゃないの?大学を何の為にいってるかわかってないっていう意味でも自慢するっていうのはバカらしい話だけど。
「で、この著者はこの後も「ひがみ根性」爆発させて、そーいうバカは一流企業に入社して、その会社名を自慢して女をたぶらかすと…。まるで一昔前の漫画の世界ですね」
 ま、この本自体古いんだろーから、現状当てはめちゃダメだね。…で、実際にこーいう人はいるわけで…会社名を別のモノに置き換えてみればわかると思うけど。
「でも、そーいう方は多分、一流大学を出てはいないのではないでしょうか?今までも適当にやってきて、受験を前にしても適当やって、3流な大学か…こんなのは相手にする必要も無いと思います。「自分は何の実力もないくせに」と、この著者は言いますが、では自分の実力とは何か?一流企業に入社するのは「実力」です。それが「金」の力か「親」の力か…何であってもその「力」を利用出来る立場にいるなら、それは「実力」です。何もかも「自分1人でやってきた」と過信してるバカ…まあ、この著者を代表に…そんな思い違いしてる人にとってみればそれは「実力」でないとなるんでしょうけど。「自分は偏差値25からはい上がってきた」という自信と誇り…それが言わせるんでしょうが、私から言わせれば「偏差値25になった時点」でゴミクズ同然。親の期待がどーとか、そんなのはどーでもいー話ですが、だとしても自分1人の人生じゃあない…この著者の場合、大学受験までの18年間…この間、周囲の人間を裏切り続けてきてるんです。勉強する気もないのに高校進学、そんなのは金の無駄遣い。こんなクズを育てた親も悪いと言えば悪いんですが、それでもその親がいなければ育つ事もなかった…大学受験を前に猛勉強させてもらえた…それは「親の力」です」

 ほんとうのバカというのは、すべてを要領よくこなして、何ひとつ本物に行き着けないヤツのことをいうと思う。大学も要領だけではいって、

「しかし、受験勉強などというのは要領です。高校までの学習は「学校」で学んで知っている以上…受験勉強ですべき事は、出題範囲を見越して、その範囲の復習を軽くする事。その今までの積み重ねが無い人間だから無駄とも思える猛勉強をしないといけなくなるんです」

 偏差値が30とか40というヤツが来たって、オレはぜんぜん驚かない。「だったら、この単語を覚えて、こういう風に勉強してみろ。絶対に30は偏差値が上がるから」と教えれば、実際に60や65くらいになる。

「「この単語を覚えてみろ」というのが受験勉強独特の「学習の本質からかけ離れた」要領だけで大学に入学するというものではないのですか?…他人に言われた事を実行して、そしてそれで大学に入学。それはこの著者にとって「憎むべきバカ」なんじゃないですか?塾という存在自体が「憎悪」の対象なんじゃないですか?何で予備校の講師なんてやってるんでしょうか?塾などというものに頼るという時点で「やる気」が無い証拠ですから。塾に通うという事は「やる気」の現れではありません。自分で勉強する気が無いという意思表示です」

 この世の中で、受験勉強ほど公平で単純なものはないと思う。勉強をやった者は受かり、やらなかった者は落ちる。ただそれだけのことなのだ。頭がいいとか悪いとか、そんなことは関係ない。バカだから落ちるんじゃなくて、やってないから落ちるんだ。

「『受験勉強』自体は公平も何も無くて公平なのは『受験』そのものだと思ったりするんですが、それはそれとして。他にも公平なものはあると思うというのも置いておくとして…最初に言ってる事と違います。「(勉強を)やった人間が受かる」「やらなかった人間が落ちる」と言う割に「要領よく大学に入るバカ」だの「一生懸命やらないで大学入るバカ」だのが存在するという…。現実、大学に入学しておいて予備校の講師では何の為の大学だかわかったもんじゃないです。大学に入る為に予備校があるとして、その大学に何の為にいくのか?「予備校の講師になる為」>「予備校は何の為にあるのか?」>「大学に入る為」>「何の為に大学に入るのか」>「予備校の講師になる為」…恐ろしく意味のないメビウスの環ですね。この著者のような「偏差値が高いだけのバカ」は勢古氏にとって有力攻撃対象だと思うのですが、何故に逆になるですか?ついでに、私の嫌いな10のバカ言葉でこの著者を否定するかのようなモノまで…「おれだってやるときゃやるんだ」という。

 十年間、のんべんだらりとマイペースでやっていたくせに、この一ヶ月間、この半年間だけはそこそこのがんばりを見せた。(中略)「どうだ、おれだってやるときゃやるだろ」と大物ぶるのである。だがそもそも十年間をわずか一ヶ月間や半年間の「やる」で帳消しにしようとするその根性がずうずうしいのだ。

「『やっぱりお前はバカじゃない』の著者に言ってやるべきです、その言葉は。小学校からずっとかしりませんが、そうだとしたら12年もの間、やるべき事をしないで…ほんの4ヶ月程勉強しただけで「他の大学合格者をバカ呼ばわり」してるこの著者に。以上でした」
(2002年 8月27日謎雑記より一部抜粋)

※「まれに見るバカ」で紹介されていた「子のつく名前の女の子は頭がいい」という本についても以下では語っています。

「まれに見るバカの紹介はやはり続ける事にします、てきとーに。なんか「わたしを認めよ」なんて本まで書いてるみたいですが」
 …買う必要無いからね。
「えぇ、買ったら出てくる台詞はおそらく「認めてやるよ、あんたが正真正銘。100%純正混じりっけ無しのバカだって事をな」とかそんな感じになるでしょうし」
 買わなくても言ってるし。
「子のつく名前…これは少しだけ読んで感心しました。引きつけますね、これは。読みやすい文章って素晴らしいって思えました」
 「読みやすい」しか、誉める箇所ないんだ…。
「全部読まない事には。ただ、引きつける…つまり面白いです。主張が信じられない程にまとも」
 そー言ったはずだけど?頭がいいのは間違いないとか。
「今回は少しだけ読んだこの本を交えて、まれに見るバカを。まずは子のつく名前から。周囲の人間に対して反抗的な少女がいて、それが「病的」だと診断された事についてこの本では」

 当時は、若者の反抗は当然のものとして受けとめられ「病的」の烙印は押されることはなかった。当時は、今よりも、若者ははるかに「暴力的」だったのにだ。

「子のつく名前と何の関係が?とか思われるでしょうが、この本で主張したいのは「子のつく名前」どーこーではないので…」
 だとしたらタイトルに偽りアリ。JAROに訴えていいですか?
「ダメです。で、この一文だけでわかると思いますが、出来る限り「公平」な目で物事を捉えようとし、出来る限り「冷静」であろうとしてます。人間である以上、どうやっても神の視点には行き着きませんが、「出来る限り」の姿勢は大事です。これが勢古氏には無いからアレになっちゃうんですが」
 この主張自体はキミだか祐里だか朝陽だかから聞いた事ある。「昔、大暴れしておいて、ちょっと暴れただけで今の若者を批判かよ!」とかそんな事言ってた気が…。
「確か成人式で暴れたバカどもの話題の時ですね。暴れたバカを擁護する気もないけど、お前らが、それを批判出来るのか?と」
 結局、キミと似たような事言ってるから、気分がいいと?
「いやぁ、似たような事っていえば勢古氏の方がよっぽど私と同じ事を。でも認められない。この著者は精神的におかしいと診断された少女に対して…本当にそうなのか?少女の立場にたって、物事を見たのか?と。別に少女側を擁護するのではなく、「本当にそうなのか?」という立場で。これはまあ難しくないですね。赤の他人の事ですから、思い入れる必要もない」

 彼女が「バカヤロウ」と書き殴っているのは、周囲に存在する人々が本当に馬鹿な行為をしていることを指摘しているかも知れないのだ。彼女の言い分に触れることなく、彼女の思考に障害を認めてしまうのは、弁護人抜きの裁判と同じものだ。

「この辺りまで読んで、多くの読者はこのバカげたタイトルの本の著者に好感は抱くのではないでしょうか?」
 それはキミがそれだけ、ロクな本を読んでないって証明なんじゃ…。
「何を言うか。で、この著者はその「少女」の主張は入手出来ないものの、似たような境遇の少女の主張なら入手出来るという事で、そしてそれを例に。そして…「病的」の診断を下した精神医療側の人間の意見だけ聞くと、それももっともに聞こえるものの、少女側の主張を聞くと、その思考パターンは極めてまともであり、病的とは認められないとしています」
 ま、主張っていうのは「一方的」なものだからね。排他的になるのも当然。自分の言いたい事を認めさせる為のものなんだから。
「しかし、本気で「子のつく名前」と関係無いんですよね、この第1章。ここから発想が飛躍して…」
 まあ、発想の飛躍っていうのは大事だよね。固まった思考っていうのは何も生み出さないし。
「ま、面白ければいいです。どんなヘンな考え方であっても、その方が頭が良くて、その文章が読みやすいなら、「こんな考え方もあるのか」という収穫がありますから」
 …読んだ方がいいかな、やっぱり?
「面白いと思いませんでした?」
 何かヘンなグラフとか見て、数学思い出してイヤになりました。
「それでは勢古氏と同じですよ。では、ここでバカの本にスイッチ。勢古氏がいかにこの「子のつく名前」を読んでいないかを…。以前に転載した部分ですが、参考文献としてあげられているとこの解説を」

 着想はおもしろいのに説明が固いのが惜しまれる。

「「子のつく」を読む前はただ、それだけの事かと気にしていませんでしたが、実際に少し読んだ後にこれを読むと…バカの本の下品極まりない文体などから考えるに「まともな本」を読む事が出来ない人物なのではないかと」
 説明が固いってのは事実じゃない?
「それの何が惜しいのかわからないんですけど?勢古氏のような文体で書いてあったら、その時点で信用度が…」
 うにゃ?
「勢古氏にとっては「自分を批判するかしないか」「面白いかつまらないか」という面白くもない基準で評価が決まります。勢古氏は面と向かって「お前はバカだ」みたいな事を言われた事は無いんだと思います。それはそれに類する言葉や批判の言葉を受けた場合、それをした相手がバカだという結論になり、その言葉は「嫌いなバカ言葉」として脳に記憶されるだけだからです。批判されたという事実は受け止められるんですが、その批判には「一切、真実が含まれていない」と思い込めるんですね。病的なストーカーと大差無いという事で、その思想が別の方を向いていたら非常に危険でした。幸いながらただのバカだったので、バカな本を書いて楽しませたり怒らせたりする程度で済んでいますが」
 でもね、こーいうのって…実は書いてる本人は気持ちいいんだろーけど、読む方は結構気分悪いんだよ?本気でバカな人を相手にバカって言ってるんだとしても。キミはわかってるはずだ、それを。
「わかってますが、書きたいんです」
 それをバカって言うんだぁぁぁ。
「では、何故に「面白いかどうか」で評価してると言えるか。まあ、説明が固いとかこれでもわかるんですけど」

嫌いなバカ言葉番外篇「マジっすか」
 ナインティナインの矢部君がいうのは許してあげたい。けっこう好きなのである。


無名バカ番外篇「プロレスファン」
 アントニオ猪木で頬下駄を張られて喜んでいるファンがいる。春一番はおもしろいけど。


「冗談とも思えますが…」
 そう思っておけばいいんじゃない?本気で書いてるとは思いたくないし。
「プロレスがショーだとわかってて何が楽しいんだ?という主張もどーかなってとこですが。私もプロレスは面白いとは思えませんけど…歌舞伎も面白いとは思えませんし。ショーだから「面白くない」っていう考え方はヘンすぎです」
 この著者って歌舞伎が好きだとか書いてたっけ?
「書いてないです。そーいう意味でなくて「歌舞伎が面白いというのは理解出来ない。ショーだとわかってるのに」と、勢古氏はこんな意味不明な事を言うのかな?と。さすがにそんな事は言わないと思ったので。気分直しに結論はヘンだけど、まともな思考をしてる方の本を。病的と診断されるような少女達に対して」

 何らかの言葉を投げてみても「大人はわかってくれない」と認識されてしまうのが精一杯なのだ。対話への努力は虚しい空振りで終わってしまうのだ。
 彼女たちは、聞いてること以外の返答は求めない。そして、返答が期待するものでなかったとき、彼女たちの怒りは爆発するのだ。


「なかなかに的確な把握だなと思いました。悩みに対して、最初から自分で答えを用意していおいてその答えを言ってくれる人が現れるのを待っているみたいな。大人に「若者」と一括りにされるのを嫌いつつも、自分達も、大人を「大人」と一括りにする。まあ、そーいう事でしょうね」
 むぅ、バカな本読んでいては手に入らない思考だ、確かに。
「これ程に冷静な判断出来る人が何で?っていうのが今期待。一体、どこで「子のつく名前」云々になるのか」
 まだそこまで行ってないんだ?
「いってないです」

 言葉というソナーを放ち、反射する言葉によって相手の位置を把握する。人間の認識できる環境は、コミュニケーションによって構成された世界の内でしかない。

「エヴァのATフィールドみたいなもんですね」
 そーかな?違うように思える。
「相手を探る言葉、そして返ってきた言葉。面白い例えです。で、続きが」

 しかし彼女たちのまわりには、何か薄いベール状のものがあり、正常な言葉の流れを阻害しているようにみえる。

「勢古氏のまわりには分厚いガラスがあるのではないでしょうか?」
 だからーーーーー、そーいうのが読み手にとっては不快なんだってば!
「再び、バカの本」

 金原はキチッと調査する学者タイプの男らしいから明言はしていないが、ようするに、<子>の名前をつける親は保守的だが堅実、キャバクラ名をつける親は革新的だが軽薄にしてバカ、ということだ。

「金原というのは「子のつく名前」の著者の事です。しかし、明言していないだけでなく、心の中でもそんな事は思ってない…と思うんですよねぇ、この第1章読む限り。とても、そんな二元論とでもいう「子」のつく名前をつけないヤツはバカ!とアホな事を考える人とは思えない」
 えと、子のつく名前とかと関係ないんだけど、一言言っていいかな?「子」のつく名前つけるのって現代だと保守的じゃないと思うの、全然。
「キャバクラ名っていうのもまた下品な表現ですが、つまり前に「この名前つけたからってバカって言われるのは」とか雑記に書いた、琴乃とか優香の事ですね。ありきたりの名前なんで革新的じゃないですね、確かに」
 でしょ。
「調査するタイプと明言するかどうかも関係無いような。というか勢古氏…多分、あっちこっち読み飛ばしてる。「子のつく名前」と「そうでない名前」の高校入学比率みたいなそーいうとこだけ抜粋してきて。金原氏は自分の論に対して「理論」だけでなく「感情論」も書いてます。本文に書くような事はしませんが、番号を振って、その章の終わりにその事柄に対する自分の意見を書いてます。そこでは「この著者は何を考えているのか」とかそーいう言葉は出てきてますから、…心から思った事なら「言う」人です、おそらくは」
 まあ、バカかどーか調査する事なんて無理で…感情論だとは言えるけど、
「あまりにも的確に書かれていて痛い面もありますね。挫折して疲れ果てた相手に対して「それを乗り越えて強くなる」みたいな言葉を投げかけるのは、疲労回復の間をも与えず、その人を追い込む「大人のずるさ」だと」
 正しい事を言ってる…相手は自分より人生経験の少ない甘えた子供、そーいう思いが大人にはある、と。大人って一括りにしていーの、こーいう場合?
「そんな事知りません。まあ、挫折なんて当たり前、そこでまた成長するなんてそんなの子供だってわかってますね」
 え、えぇぇぇ?この人が「子のつく名前の女の子は頭がいいんだぞぉ、フハハハハ」とか言い出すのって信じられないんだけど。
「そうは言ってないと思いますが。多分、悠さんが最初に感じた通りだと思います」
 美しい日本語系?
「えぇ。子のつく名前が保守的家庭というのは金原氏の意見です。まあ、この本自体、1995年執筆となっているので、現代に当てはめる事に無理があるんですが。別に金原氏自身は日本語がどーとか、昔ながらの家庭がどーとかという方ではないでしょうけど、1日1章として今日はこれで終わりです」
 家庭環境で「モノに対する考え方」が子供によって違って「子」のつく名前をつけるような家庭の場合だと「真面目な子」を育てる事が多い。まあ、そんな感じだよね?
「そーでしょーね。そして実際にデータを…まあ、私はこの「データ」がおかしいのではないかなと」
 あ、それもボク言った。
「だから、悠さんが最初に感じた通りだと思うと言ったはずです」
 でも、読み進めて、キミまで「子のつく名前」どーこー言い出して、悠さん、あなたは今日から「悠子」ですとか言い出したすっごいイヤなんだけど。
「私だってイヤです」
 パラパラってめくってみるとさ「虫歯」がどーとか「体型」がどーとか、そんなグラフまであるんだよ、これ…。
「虫歯も体型も家庭環境に関係あるといえばあります。まあ、虫歯はミュータンス菌でしたっけ?これが無ければ発生しないので…」
 ある意味、家庭環境ではあるけど、「名前」とは一切関係ないね。
「このあまりにも冷静かつ理論的な本を読んだ後に、この本はキツイ。男のバカはこんなのがいるとして「無能尊大バカ男」と書いてたりするようなこの本はキツイです」
 バカだから「バカ」なんだって事でしょ?
「元祖天才バカボンのパパだからパパなのだって感じですね。バカ男だからバカなのか…わかりやすいって言えばわかりやすいですけど。こちらも的確と言えば的確なんですよ、バカ男」

@まず猥談しかできないやつ
A無能尊大バカ男
B問題を提起するだけの男
C自分の能力をだし惜しみする男
D一見、謙虚だが、することなすこと。すべてについてオレは特別なのだという態度が滲みでているドアホ
E女を鼻からバカにしている封建バカ
Fおまえが偉いんじゃないんだぞ男

「女性を見たらまず「鼻」の形をバカにする」
 これってでも、誤字なのかどーか。
「ですね、一般的には「端から」ですが、そちらが間違ってる可能性もある。割と的確に把握してるんですが、そのウチ、2番とか5番とか6番とか、自分に当てはまるんじゃないかなぁって少しも思わないんでしょうか?特にA!!5番の場合は一見さえ謙虚じゃないんで当てはまらないとも言えます」
 えと、ボクは逃げます。
「「女性」「男性」という言い方が嫌いなだけである、「殿方」という言葉には気が狂いそうになる。と言ってますが相当に精神蝕まれてると思います、その末に出した結論が「バカ男」「バカ女」というのもあんまりだと思います」

A無能尊大バカ男
 このバカは、自分のバカには永遠に気づかないというバカの特長を十二分に備えているから、手がつけられない。


「的確に把握しすぎです。ここまで把握していながら自分の事に気付かないのは「永遠に気づかない」という特長を備えてるからですか?……ごめんなさいでした、もうこの本の紹介やめます。実際面白いんで紹介したいですけど、面白いのは書いてる私1人だけって気がとてもしますし。ただ、ほぼ毎ページ「ツッコミ」入れたくなるというのは事実です、つまり「凄い本」です。これで¥720なら安いです。…子のつく名前の方はまた雑記で、こちらは純粋に面白いですから、皮肉書く必要も無く」
(2002年 8月29日謎雑記より一部抜粋)